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03/27 2008

ロマ11:26 「イスラエルはみな救われる」とは?

ロマ11:26「イスラエルはみな救われる」には大きく分けて3つの理解があります

「こうして、イスラエルはみな救われる」(ロマ11:26)という聖句は、理解に苦しむ最も困難な箇所の一つです。9章から11章にかけて神の選びについて語るパウロは、そのクライマックスとして11:25-26を語っているといってよいでしょう。この箇所の理解には大きく分けて3つの理解があります。
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03/25 2008

ロマ9-11章の「ユダヤ人の回復」からセカンドチャンス論を説けるのか?

Major Mak's Daryのエントリ「反セカンドチャンス論者を1分で完全論駁する」に記した私のコメントを、忘れないために以下にCCしました。
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03/24 2008

ロマ10:6-7は、救いの有無を問ってはいけない証拠聖句か?

Yamaya氏はMajor Mak's Diaryのエントリ「反セカンドチャンス論者を1分で完全論駁する」のコメント欄にて、ロマ書10:6-7を引用されながら、以下のような命題を記されています。

命題19
 「聖パウロ、ローマ書第10章に曰く「心の中で『だれが天に上るか』と言ってはならない。これは、キリストを引き降ろすことにほかならない。『だれが底なしの淵に下るか』と言ってもならない。これは、キリストを死者の中から引き上げることになる」と。こう言われているとき、人がある人について『彼は生前福音を聞かなかったゆえ、死したいま底なしの淵に下っているに違いない』と言明するのは、適切なことであるか、あるいは、不適切なことであるか?」

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03/05 2008

ロマ13:1-5にみる、為政者の「権威の起源」と「剣」の関係

為政者のもつ「剣」の存在は、「為政者の権威の起源」を不明瞭にしがちです

 ローマ人への手紙13:1-5は、為政者が殺傷能力のある剣を帯びている事実を神による権威と結びつけている特異な聖句です。「あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」(マタイ5:39. 新改訳)というイエス・キリストの非暴力の教えと一見相容れない戦闘的な思想を、世々の神学者たちは「教会と国家の分離」によって調停してきました。教会も国家も神によって創設されながら、軍事力の行使において違いがあることをMillard J. Ericksonは自著"Christian Theology"において説明しています;「国家は教会とおなじように、ある特別な目的のために神によって創造された制度である、と聖書は私達に告げています・・・教会は霊的な目標達成を強いるために政治的な軍事力の行使を追い求めないでしょう」(1077)。
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11/16 2004

ローマ人への手紙9-11章の構造(11:16-32の一体性 No.2)

11:11-24は一体性のある箇所なのでしょうか
昨日より、ローマ人への手紙9-11章にある「キアズムを含む書簡的構造」を立証する第一歩として、11:16-11:32が倫理的訓戒の箇所として一体であることを確認しはじめました。このことに関して2つの問題点、「11:24-25を構造的に切り離すケースが多い」という問題点と、「11:11-24を一体性のある箇所として捉えるケースが多い」という問題点を取り上げ、昨日は第一の問題点に関して「11:24と11:25は文法的・文学的に切り離せない」ということを確認しました。今日は第二の問題点「11:11-24は本当に一体性のある箇所なのか?」という問題に取り組み、実は11:16-32こそが一体性のある倫理的訓戒のまとまりであることを立証したいと思います。
 D. G.Johnsonは論文 “The Structure and Meaning of Romans 11”においてロマ書11章の構造がほぼ普遍的に(1)11:1-10、(2)11:11-24、(3)11:25-32、(4)11:33-36というアウトラインをもっていると認められている、と言います(Catholic Biblical Quarterly 46. 91.ジョンソン自身は異なるアウトラインを提唱しています)。ジョンソンが確認している神学者たち(E.Kasemann, J.Munck, C.E.B.Cranfield, W.Sanday and A.C.Headlam, C.K.Barrett, A.Nygren, K.Barth)の顔ぶれを見るだけでもいかに11:11-24を一体性ある箇所として捉える説が有力であることをうかがい知ることができます。それ以外にもEverett F.Harrison(Romans." The Expositor's Bible Commentary. Ed. Frank E.Gaebelein. Vol. 10.)やJames D.G.Dunn("Romans 9-16." Word Biblical Commentary 38B.)もこの説に同意しています。ここまで普及している説であるからには、何かしらの理由があるに違いありません。
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ブロガー: 西原智彦
1972年広島生まれ。ロボットが好きで工学修士に(1996)。聖書に惚れ込み、実践神学修士に(2005)。(さらに詳しく >>)

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