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ピリピ人の手紙3:16「達し得たところに従って」という句は、個々人の違いを尊重する句なのでしょうか 「ただ、わたしたちは、達し得たところに従って進むべきである」(
口語訳聖書
)という勧告を「わたしたちは、『それぞれ』達し得たところに従って進むべきである」と考え、個々人の違いを尊重する勧告とみなされる場合があります。たとえばKingdom Fellowship Churchの2004/01/18message outlines「
良心を強める」によると、人によってレベルが異なる良心を強めるために「
それぞれ達しえたところにしたがって歩む」ことが鍵の一つであるそうです。また、「
ルカ福音書を読む」 (真理15号)という文章の最後には著者の謙遜さのあらわれなのでしょうか、「人と比べたら変だなあ、信仰がまだまだ小さいなあと思われるかも知れませんが
私なりに『達し得たところに従って』(ピリピ2・16)歩ませていただきたいと思っています」(sic. 強調は付け足し)と記され、個々人の違いを尊重する勧告として理解されています。
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