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11/16 2008

聖書の間違いを感じたときの2つの対応

 聖書の中には一見すると「あれ?矛盾してるんじゃない?誤りじゃないかな?」と思うような箇所があります。キリスト教を捨て去る人の中には、ある意味真剣にこの種の間違いに思える聖句を丹念に調べて信仰を捨て去る人もいるようです。中には、この種の間違いに思える聖句から、新しい神学を展開する人もいます。

 この種の議論は、「聖書の真実性を守ろう」という意志をもって真剣に聖句を勉強しない(もしくは、したくない)結果である場合が大半です。私としては「相手に恥をかかせてもいけないかなあ」という日本的自制心と、「実りの少ない議論に首を突っ込んでもなあ」という保身的感覚が働いて、二の足を踏むところがあります。ただ、ネット上や一般書店では、案外この手の情報が先行し、純粋なクリスチャンを惑わす結果になるので、日本人のキリスト教保守派の聖書・釈義神学者や考古学者の誰かが情報発信して、明らかな証拠をもって論駁しまくってほしいなあ、と思っています。

 とくに、19世紀の終わりから20世紀にかけて旧約聖書は、その真実性への疑いをかけられっぱなしだった、といえます。キリスト教信仰の世俗化に伴って、旧約聖書の歴史的真実性への疑いが高まり、当時は考古学が発展していなかったために適切な論駁ができず、信仰を守ることが難しくなりました。そして、近代神学者たちによるJEDP説によって、旧約聖書はボロボロに断片化され、それこそが知的なキリスト教と思われました。しかし、20世紀後半からはじまった中近東の考古学の爆発的発展によって、JEDP説は学問的に論拠がなりたっていないことが次々に発覚し、21世紀の現代、旧約聖書の世界ではまさに保守派復権の世紀になったといえるかもしれません・・・
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06/01 2007

何が霊感されたの?

霊感の対象物(何が霊感されたのか)には2つの理解があります

 第二テモテ3:16「聖書はすべて、神の霊感によるもので」(新改訳聖書)という節は、聖書の中で唯一「霊感」という言葉が記されている箇所です。この箇所から霊感の対象物を理解しようとするとき、「霊感の対象物は聖書そのもの(つまり、聖書が霊感を受けた)」という考えと、「霊感の対象物は聖書記者(つまり、聖書記者が霊感を受けた)」という考えの2つがあることに気づきます。
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11/02 2004

聖書で十分。

聖書の十全性(Bible Sufficiency)は福音派信仰の土台のひとつですが、声を大にして信仰告白するためには大きな勇気を必要とします。

大きな勇気を必要とする第一の理由は、「聖書の神の言葉によらない救い」を認めるInclusivism(福音を聞かなくても救われる人はいるとする立場)、Pluralism(キリストはたくさんの救い主の中の一人とする立場)がキリスト教界の中から起きたからです。
神の愛を基調とするInclusivism、Pluralismに対して、Exclusivism(救われるためには福音を聞かなくてはならないとする立場)は神の義を強調するだけで、効果的に神の愛と義の関係を解き明かしているとはいえません。世俗的救済観の横行の前に保守的キリスト教神学が効果的でないので、大きな勇気を余儀なくされます。
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11/01 2004

聖書は誰にでも理解できる?

聖書の釈義をしていると「聖書はだれでも理解できるの?」という疑問をもつことがあります。

釈義の中心は「意味をひとつに絞る作業」といえます。聖書原語の辞書を開き、複数ある意味の中から本文中の単語の意味をひとつに絞る作業。修飾語と被修飾語の関係から前置詞の意味をひとつに絞る作業。修飾句と被修飾句の関係から小詞・接続詞・分詞・不定詞の意味をひとつに絞る作業。釈義レポート作成や説教準備のために、このような「意味をひとつに絞る作業」を論理的に淡々とこなしていくとき、ふと前述の疑問がわきあがることがあります。「ノン・クリスチャンでも同じ作業ができるんじゃないの?」とか、「霊性のうきしずみによって釈義の結果は変わるの?」といった疑問です。「聖書釈義における聖霊の啓明の働きの内容とは?」という神学的課題に言い換えることもできるでしょう。

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ブロガー: 西原智彦
1972年広島生まれ。ロボットが好きで工学修士に(1996)。聖書に惚れ込み、実践神学修士に(2005)。(さらに詳しく >>)

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