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Society of Biblical Literatureは、1880年から始まった、聖書研究学会の中でも最も古い学会です。特定の神学体系擁護の学会ではなく、新約聖書・旧約聖書の釈義を言語学、考古学の視点から丹念に研究していく学会です。その定期刊行物(論文集)がJournal of Biblical Literature(通称JBL)です。
最近はCD-ROMなどでデータを販売する学会誌が多い中、JBLは歴史が古く、デジタルデータ化に手間取っているからなのでしょうか、全く出回っていません。要約最近、
オンラインでPDFバージョンがダウンロードできるようになりました。使用料金は1年間アクセスしたい放題で$165.00!かなり高く感じますが、120年以上のすべての学会誌を数日かけてすべてダウンロードできるわけです。
ところが、2003年から2008年の学会誌は今、無料でダウンロードできることを発見!これはぜひ試し読みしておきたいですね!
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神学学位論文の総合検索・販売サイトTREN(詳しい紹介はエントリー
『ホームページ紹介TREN』)において、6ヶ月、もしくは1年間の登録をすると、格安でダウンロードできるというシステムが始まったことを前回のエントリ
『TREN最新情報』でお伝えしました。論文を読むのが日常的な方にはお薦めですが、卒論や集中的な学びを短期間行いたい方にとっては、最大ダウンロード数が多すぎたり、値段設定が高めであったり、と勇気が必要ですね。しかしそのような、短期的・集中的に学位論文を読みまくりたい方に朗報です・・・
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Amazon.comの進出によって、洋書購入の便利さは格段に向上しました。ですが、洋書の神学書は山のようにありますので、優れた本を選択することは非常に困難です。たとえ本のタイトルが検索できても、中身の検索ができるわけではありませんし、中身の質を確かめることも困難です。
とくに福音派のクリスチャンにとって、聖書の釈義に関わる良書を心得ておくことは非常に重要です。福音派は聖書の歴史的・文法的釈義を大切にする人々の総称であると私は思うのですが、実際には聖書が記述された時代背景に関しては注解書の情報だけに頼り、ギリシャ語、ヘブル語の学びは初級で終わってしまい、聖書外のコイネーギリシャ語にみる用語・文法の研究とか、70人訳の研究、聖書ヘブル語理解の上で欠かすことができなくなっているアラム語、ウガリット語などのセム語族系の学びを大切に育む気質に乏しいように感じます(とくに日本において)。宣教困難な地で、クリスチャンの関心も異教徒への弁証、伝道に当然大きく傾きます。それ自体は大切なことと思いますが、権威ある御言葉の理解に乏しければ、結局伝道・教会形成に支障をきたします。聖書の時代背景と原語等の良書を専門的に取り扱う本屋、HPを押さえておくことは非常に重要です。
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今までしばしば取り上げてきたTREN(詳しい紹介はエントリー
『ホームページ紹介TREN』で)。最近はPDFファイルで学位論文をダウンロードできる
Edocsというシステムが充実し始め、いつでもどこでも誰でも気軽に学位論文を読むことができるようになりました。ダウンロードのお値段は書面、CD、マイクロフィッシュで購入するより高めの設定なのですが、米国内での送料が一回あたり$6.5であることから推測すれば、日本からの取り寄せにはかなりの送料がかかります。輸送時間も考慮すれば、やはりダウンロードはいいですね。私もちょくちょく使っております。
ところで最近、このTREN Edocが新しい利用方法を提供していることをご存知でしょうか?
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適切な論文を読むために、神学者たちは一体どんな手をつくしているのでしょう? 英語圏の神学者たちの書物を読むとき、一番関心させられることは「本当に彼らは、量的にも種類的にも沢山の論文を引用する」ということです。
ここでいう論文とは参考図書(reference book:百科事典、辞書、地図、年鑑など、有用な情報の掲載された図書のこと)でも単行書(monograph:一つの主題のもとに書かれた本。通常は一人の著者)のことでもありません。参考図書に関しては、適切なものを選択しさえすれば、「あいうえお順」に探せばよいだけです。単行書に関しては、図書館・本屋の目録を用いれば検索可能です。
ここでいう論文とは、定期刊行物(periodicals)の中に記されている文章であり、共著本(multi-author works)の中で一人の学者が記している文章であり、修士・博士論文のことです。はっきりいって、検索不可能に思われますし、良い論文を手元に蓄え続ける作業なんて並大抵のことではありません。
日本の福音派の神学者たちの記した本や論文をみるとき、有名な単行書・参考図書からの引用はしばしばあるのですが、細かな論理展開を立証するために、的確な論文を引用しているケースを残念ながら見受けることは少ないです。「・・・は福音派の同意するところであろう」とか、「・・・という点に疑問の余地はない」という文句を引用なしに用いることは、なんの立証にもなりません。
かゆいところに手が届くように事細かな論理展開を立証するために、適切な論文をサラリッと引用する英語圏の神学者たちは一体どんな手をつくしているのでしょう?
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