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イスラム圏宣教におけるDispensationalismの悪影響を危惧される場合があります [SKJ]■世界キリスト教情報■第708信に「宣教師にかき回されるクウェートのキリスト者」という記事があります。イスラエル国家を聖書の預言の実現と解する西側福音派の「キリスト教シオニズム」に対してイスラム教徒の多いクウェートのキリスト教牧師が苦言を呈したことが報じられています。この記事を受けて、Dispensationalism(ディスペンセーショナリズム)という神学体系に警句を発する雑記が
Grace馨子の英国徒然雑記 Jul 19, 2004に記されています。この雑記によると、海外宣教が盛んな欧米福音派に大きな影響を与えているディスペンセーショナリズムの立場からは、イスラエル建国は終末の預言が成就しつつあるしるしと解釈され、現地(クウェート)のキリスト教布教に却って弊害を及ぼしてしまうそうです。もしこれが真実であるならば、福音派神学はディスペンセーショナリズムという神学体系自体を危惧しなければなりません。どのようにこの課題に取り組めばよいのでしょうか。
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伝道者の書12:11「ひとりの羊飼い」を神ととらえる場合があります 「知恵ある者のことばは突き棒のようなもの、編集されたものはよく打ちつけられた釘のようなものである。これはひとりの羊飼いによって与えられた。」(
新改訳聖書
)という12:11を聖書の霊感の証拠聖句と考え、「ひとりの羊飼い」を「神」と考える方々がおられます。たとえば、J. Stafford Wrightは「知恵ある者はその知恵をイスラエルの羊飼い、つまり真の唯一の神から得るのです・・・この聖句をそれ以外の劣る意味として読むことは決してできません」("
Expositor's Bible Commentary: Psalms, Proverbs, Ecclesiastics, Song of Songs
."
The Expositor's Bible Commentary
Vol. 5. Frank E. Gaebelein ed.)といいます。
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