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伝道者の書3:11の「永遠への思い(ハオラム)」はさまざまな訳の可能性があります 口語訳聖書
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新改訳聖書
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新共同訳聖書
すべてが伝道者の書3:11にあるオラム(”ハ”は冠詞)を「永遠(を思う・への、思い・心)」と訳しています。普及している日本語聖書が足並みをそろえているからでしょうか、「伝道者の書・永遠への思い」という言葉で検索するとGoogleで194件もヒットしました。「
有名な言葉です。伝道者の中でも、特に信仰きわだった言葉ではないでしょうか」と解説をされる方もおられる中で異論を紹介することはやや辛いのですが、実はさまざまな訳の可能性があります。
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2002年にノーベル経済学賞を受賞されたバーノン・L・スミス氏が、受賞にあたって「自分の専門分野のルールを知って尊重し、それに従わないこと」というアドバイスをされました。既存の枠組みなくして今の自分はありえず、同時に既存の枠組み内にとどまっていては新しい発見をする将来の自分はありえない、ということでしょうか。分野が異なるとはいえ、キリスト教神学においても適用しうる言葉だと思います。
先日、エントリ「災難の只中にあって神を信じる」の中でOpen Theism(開かれた神論)という新しい神概念が米国福音派において最近議論されていることを紹介しました。神は将来に関する完全な知識を持っておらず、特別な計画を持ち合わせていないという考え方です。聖書全体を適切に捉えていない神概念であるとして、米国福音派内で激しく論議されています(Open Thesimに反論する分かりやすいWebサイトは
ココ)。Open Teismは聖書が支持する神概念ではない、と私も考えます。
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クリスチャンは災難の只中にあって神を信じるのでしょうか? 国連人道問題調査事務所の1月7日現在の調査結果によると、スマトラ沖大地震と津波による死者が被災9カ国で15万9260人、行方不明者1万7958人、避難生活者が112万4467人に達したそうです。愛するご家族・ご親族・ご友人を失われた方々、今なおその行方を知ることがかなわない方々、また避難生活をされている方々と支援活動をされている方々に慰めと励ましがありますようにお祈り申し上げます。
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昨年末にこのブログを始めましたが、最近ようやくブログの意味が分かってきました。ホームページをつくるより簡単そう、という軽い気持ちではじめました。トラックバックの意味も分かっていない状態でしたが、さまざまの分野で活躍されておられる方々のブログを拝見させていただき、ブログがもつ意見交換の広がりの可能性に今驚いております。
さて最近、安黒務氏のIchinomiya Christian Institute Serverに以下のような
J.D.G.ダンの言葉が引用されているのをお見かけし、深く感動しました:
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ピリピ人の手紙3:16「達し得たところに従って」という句は、個々人の違いを尊重する句なのでしょうか 「ただ、わたしたちは、達し得たところに従って進むべきである」(
口語訳聖書
)という勧告を「わたしたちは、『それぞれ』達し得たところに従って進むべきである」と考え、個々人の違いを尊重する勧告とみなされる場合があります。たとえばKingdom Fellowship Churchの2004/01/18message outlines「
良心を強める」によると、人によってレベルが異なる良心を強めるために「
それぞれ達しえたところにしたがって歩む」ことが鍵の一つであるそうです。また、「
ルカ福音書を読む」 (真理15号)という文章の最後には著者の謙遜さのあらわれなのでしょうか、「人と比べたら変だなあ、信仰がまだまだ小さいなあと思われるかも知れませんが
私なりに『達し得たところに従って』(ピリピ2・16)歩ませていただきたいと思っています」(sic. 強調は付け足し)と記され、個々人の違いを尊重する勧告として理解されています。
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