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1ペテロ2:13の制度とは、人が「立てた」ものなのでしょうか? イエス・キリストを王の王と信じるクリスチャンはなぜ政治的統治者にも従うのしょうか?パウロはローマ人への手紙13:1において「なぜなら、神によらない権威はなく・・・すべて神によって立てられたものだから」(口語訳)と理由を語ります。すべての政治的統治者は神に
よる(斡旋を意味する前置詞ヒュポ:
Majority Text
,
Nestle-aland Novum Testamentum Graece 27
, and
The UBS Greek New Testament
)のであり、神が政治的統治者を
立てた(動詞タッソー)のであれば、クリスチャンも政治的統治者に従う必要があるのは当然です。
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「一般恩恵」という神学用語の定義はあいまい・広範囲になりやすいです 政府の神学的理解において、山谷真氏(氏の中心的なWebは「
再建主義大論争を回顧する」、「
キャプテン・マクのページ」)と富井健氏(氏の中心的なWebは「
MILLENNIUM」が数年論争されています。私は全的堕落・無条件的選び・不可抗的恩寵の3点おいてカルヴィニズムと同意するDispensationalistであり、政治の神学的理解においては山谷氏の意見に同意する点が多い者です(先行的恩恵については異なります)。このエントリでは、お二方の論争の内容について触れません。今回は、山谷氏の文章を拝見する中で気にかかった「一般恩恵」という神学用語について記したいと思います。
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士師エホデは右手が使えなかったのでしょうか 士師記3:15に左利きの士師エホデが登場します。モアブの王エグロンによってイスラエルが占領されているとき、神は救助者エホデを起こされます。エグロンに貢物をささげるときにエホデは右のももの上に剣を隠して一人で近づき、エグロンを殺害します。そしてイスラエルをモアブの圧制から救いました。
ヘブル語において「左利き」という言葉は「右手が妨害された」(
The Hebrew and Aramaic Lexicon of the Old Testament
, 391.)と記されています。この表現を、肉体的に右手が使用できなかったと捉える人もいます(cf. Soggin, J. Alberto.
Judges. 50; Moore, Geroge F. "
Critical and Exegetical Commentary on Judges
."
The International Critical Commentary. Ed. Plummer, Alfred. 93.)し、左手の使用にたけた両利きの状態と捉える人もいます(Block, Daniel I. "
Judges, Ruth 
."
The New American Commentary Vol. 6. Ed. Clendenen, E. Ray. 160-1; Wolf, Herbert. "Judges."
The Expositor's Bible Commentary Vol. 3
.)。
古代の翻訳も二つに意見は分かれています。タルグムは「右手がしおれた」、ペシッタは右手が機能しなくなった」と訳していますが、70人訳とヴルガダは「両利き」と訳しています。
左利きエホデは肉体的に左しか使えない状態だったのでしょうか、それとも左手の使用にたけた人であったのでしょうか。
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どうして、ヘブル語旧約聖書をギリシャ語に翻訳した70人訳で補足するのでしょう? 創世記4:8「しかし、カインは弟アベルに話しかけた。『野に行こうではないか。』そしてふたりが野にいたとき・・・」(新改訳)という、最初の殺人の記事があります。新改訳:注解・索引・チェーン式引照付(通称チェーン式バイブル)のこの聖句箇所の脚注8には「『野に行こうではないか』は七十人訳による補足」と記されています。70人訳とは紀元前250~117年ごろにアレキサンドリアにおいて、ヘブル語(一部アラム語)からギリシャ語に翻訳された旧約聖書のことです。口語訳もこの直接話法節を補足しています。旧約聖書翻訳の底本を凡例にて明言している新共同訳は、ヘブル語本文のBHS(マソラ本文系)に忠実に従い、この直接話法節を補足していません(「カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき・・・」)。英語訳を見ても、補足しているものと(BBE, NAB, NIV, NJB, NLT, NRS,YLT,NET)、補足していないもの(DBY, ESV, KJV, NAS, NKJ)で意見は真っ二つに分かれています。新約の聖徒たちが旧約聖書を引用する場合70人訳からの引用が多いという事実は確かにありますが、どうして70人訳から補足しなければならないのでしょう?旧約聖書の霊感はヘブル語において、のはずなのですが。
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ゴリアテの身長を4.5キュビト(約2m)とされる場合があります ダビデが巨人ゴリアテを石投げで打ち倒したストーリーは、日曜学校の子供たちに好まれるお話の一つです。1サムエル17:4によると、ゴリアテの「身のたけは六キュビト半」(口語訳)です。新共同約は「六アンマ半」と訳していますが、「アンマ」(ヘブル語・アッカディア語の発音)も「キュビト」(もともとはラテン語)も日本語でいえば「腕尺」(ひじから中指の端までの長さ。約45cm)のことですから、ゴリアテの身長が約3mであることに変わりはありません。Ronald F. Youngbloodは注解において、身長が非常に高い人々が聖書に登場することを列挙し(cf. 1歴11:23; 申3:11)、また現代にもそのような人がいることを紹介して(Robert Pershing Wadlow氏。2.7mの方で1940年に22歳で逝去)、ゴリアテの身長が6.5キュビト(約3m)であっても不思議ではないことを語っています(
The Expositor's Bible Commentary Vol.3
.)。ヘブル語の伝統的な本文であるマソラ本文はこの立場をとっています。
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