10/04 2005

第六戒は絶対平和主義の証拠聖句?

「あなたは殺してはならない」という命令の理解には2種類があります

 出エジプト記20:13「あなたは殺してはならない」(口語訳)というモーセの十戒の第六戒が、違法な殺人だけではなく戦争や死刑制度も禁じていると捉えられる場合があります。国際基督教大学元宗務部長、聖学院大学院アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科科長の古屋安雄氏は自著「キリスト教国アメリカ再訪」にてその捉え方を明確に記しています。聖書の逐語霊感を信じるファンダメンタリストの信仰を「イスラム教の原理主義や北朝鮮の主体思想の強固さと同じ種類のもの」(162)と酷評し、ファンダメンタリストがイラク戦争を始めたと明言しながら第六戒を次のように解釈しています;

・・・キリスト教のファンダメンタリストの矛盾を指摘するのは不可能ではない。いやリベラル派はその矛盾をもっと親切に指摘すべきである。第一、彼らは聖書の一字一句が正しいというが、それをみな実行しているわけではない。「人を殺すな」と言われているのに、なぜ彼らは絶対平和主義者ではないのか。「復讐するな」と教えられているのに、なぜイラク戦争のようなことを始めるのか。(信教出版社. 東京:2005. 162-63.)


 古屋氏はファンダメンタリストとエヴァンジェリカルに関して、聖書観は「両方とも・・・保守的であって、保守と超保守の違い」(162)としていますから、出エジプト記20:13の解釈に関しては福音派全体が挑戦を受けているといえるでしょう(横道に逸れますが、ファンダメンタリストがイラク戦争を「支持した」と表現せず、「始めた」と表現することは非常に過激です)。

 一方、第六戒はある種の戦争、正当防衛、死刑制度を禁止してはいない、と捉える方々もおられます。Gordon-Conwell Theological Seminaryの組織神学・倫理学者であるJohn J. Davisは自著「Evangelical Ethics: Issues Facing the Church Today」にて、第六戒を引用した後にこのように語ります、「人間の命を取り去ること-たとえそれがどんな動機であろうと-は、聖書において厳しく禁じられています。ただし、非常に狭く限定された状況-たとえば正当化されうる戦争、正当防衛、そして死刑制度-は例外です」(Vol. 2. Phillipsburg, NJ: 1993. 172-73.)。また、Gordon R. LewisとBruce A. Demarestは共著「Integrative Theology」にてこのように語ります;

第六戒(殺し(kill)てはならない)は動物の狩猟や正当化されうる戦争を禁じてはいません。神はそのような戦争を通して摂理のうちに、道徳的に荒廃した諸国家に相当の裁きをもたらされたのです。この命令はNew International Versionにおいてさらに正確に翻訳されています、「あなたは殺害(murder)してはならない」。(Vol. 2. Zondervan. Grand Rapids, 1994. 60.)


 第六戒は正当化されうる戦争、正当防衛、死刑制度なども禁じた絶対平和主義を命じているのでしょうか。それとも例外がある命令なのでしょうか。

第六戒は絶対平和主義を命じてはおらず、例外があると理解するのが正しいです

 第六戒が絶対平和主義を命じてはいない第一の理由は、「殺してはならない」の「殺す(ラツァ)」という語は、民数記35:30「・・・処刑しなければならない」(新共同訳)の例外を除いて、すべて違法な殺害を意味しているからです。R. Laird. Harris によると旧約聖書中にこの語は38回、その内14回は民数記35章に「殺害者」という意味で登場する特異な言葉です(Theological Wordbook of The Old Testament. 2 vols. Chicago: Moody, 1980.)。The Hebrew and Aramaic Lexicon of the Old Testamentはラツァの意味をこのように記しています、「(ラツァという)動詞は、民数記35:30を例外として、共同体に対する違法な行動を指し示しています・・・」(1283)。ラツァという語が出エジプト記20:13において違法な殺害を意味し、第六戒が違法な殺害を禁じる命令のであるならば、合法下における例外規定は十分にありえます。

 第二の理由は、第六戒の直後の箇所においてモーセ律法は死刑制度(出エ21:12)や正当防衛(22:2)を認めているからです。これら合法下における例外は、創世記9:5,6に通じる理念があります。人が神のかたちにつくられた尊さゆえに、人を非合法に殺害する者の命を神は要求されます。そしてノアの洪水後、その殺害者殺生の働きを神は為政者に一時的に委託されている、と新約聖書は告げています(エントリ「ロマ13:1-5にみる、為政者の『権威の起源』と『剣』の関係」参照)。バプテスト派の弁証学学者Norman L. Geislerは、この点における絶対平和主義者の誤りを自著「Christian Ethics」において以下のように指摘します;

絶対平和主義者たちは、聖書が「あなたは殺してはならない」(出エ20:13 KJV)といっているので、人は他者の命を決して奪ってはならないと論じます。しかしこれは聖句の誤った理解であって、この聖句はNew International Versionによって正しく訳されています、「あなたは殺害してはならない」。殺害(murder)はすべて殺生(taking of life)を含みますが、すべての殺生が殺害ではありません。死刑は殺生しますが、殺害ではありません。実際のところ、死刑は聖書のまさに次の章において神妙に執り行われています(出エ21:12)。同様に、正当防衛による殺生は殺害ではなく、次の章において承認されています(出エ22:2)。無実の防衛戦争は殺害ではありません。そして不正な侵略者に対する戦争は殺害ではありません(創世記14章) (Grand Rapids: Baker, 1989)。



結論

 戦争に関しては、何をもって「正当化されうる戦争」といえるか、という定義は非常に難しいです。イラク戦争を正しい戦争であったと言うことは非常に困難です。ですが、たとえキリスト教徒の多い国が誤った行動をとったからといえども、それによって出エジプト記20:13の意味が変わるわけではありません。「殺してはならない」という第六戒の意味は「非合法に殺害してはならない」という意味です。具体的な戦争の是非を聖書から問うのであれば、ローマ人への手紙13:1-7を出発点として「神から委託された剣の権威を、為政者が神のしもべとして合法的に用いているかどうか」を論じるべきです。
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Profile

ブロガー: 西原智彦
1972年広島生まれ。ロボットが好きで工学修士に(1996)。聖書に惚れ込み、実践神学修士に(2005)。(さらに詳しく >>)

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